「あれから40年!」の爆笑漫談で中高年のアイドルとして君臨する綾小路きみまろさん。
独特のヘアスタイルと赤いタキシードがトレードマークで、たくさんの方の笑顔を誘っています!
そんな綾小路きみまろさんですが、「若い頃がイケメン!」と話題になっていることをご存じでしょうか?
そこで今回は、綾小路きみまろさんの昔の写真と現在を画像比較してみました!
若い頃から現在までの経歴も含め一緒に見ていきましょう!
綾小路きみまろのwikiプロフィール

- 名 前 :綾小路 きみまろ(あやのこうじ きみまろ)
- 本 名 :假屋 美尋(かりや よしひろ)
- 生年月日:1950年12月9日
- 年 齢 :75歳(2026年2月現在)
- 出身地 :鹿児島県松山町(現・志布志市)
- 主な肩書:漫談家、お笑いタレント
綾小路きみまろさんは、鹿児島県松山町(現・志布志市)出身の75歳です。
高校卒業後に上京し、司会者を目指して日比谷公園での発声練習やキャバレーでの司会を経験するなどの長い下積み時代を過ごしました。
転機となったのは、自身の漫談を録音したカセットテープ
自信の漫談を、観光バスの運転手に配布したことから、綾小路きみまろさんのスターへの道が切り開かれました!
今や、毒舌ながらも愛情あふれる語り口で、全世代から愛され続けるエンターテイナーです。
綾小路きみまろの若い頃がイケメン!

現在の綾小路きみまろさんは、親しみやすい「笑顔のおじさま」という印象です。
しかし、若い頃のビジュアルは、現在のキャラクターからは想像もつかないほど「正統派の男前」でした。
昔の画像を見ながら、若い頃がイケメンな理由を3つのポイントに絞って解説します。
- ハーフのような「彫りの深い目鼻立ち」
- 知的で清潔感あふれる「洗練された雰囲気」
- 苦労が磨いた「憂いを含んだ男の色気」
1.ハーフのような「彫りの深い目鼻立ち」

綾小路きみまろさんの若い頃がイケメンとされる最大の理由は、その「クッキリとした目鼻立ち」にあります。
現在の爆笑漫談をしている時の表情とは違い、司会者として真剣な眼差しを向ける姿は非常にスタイリッシュでした。
この整ったパーツの配置こそが、当時のキャバレーや宴会場で「男前の司会者がいる」と密かに注目を集めていたそうです。
2.知的で清潔感あふれる「洗練された雰囲気」

若い頃の綾小路きみまろさんは、「人に見られる仕事」を意識していたこともあり、非常に清潔感のある佇まいをしていました。
仕立ての良いスーツをピシッと着こなす姿は、まさに知的な美青年そのもの
その端正なルックスは、後の毒舌漫談とのギャップをより際立たせることになります。
この「品の良さ」があるからこそ、現在の毒舌も嫌味にならずに受け入れられているのかもしれません。
3.苦労が磨いた「憂いを含んだ男の色気」

綾小路きみまろさんのイケメンぶりを支えていたのは、表情に宿る深みです。
長い下積み時代を経験し、明日への不安を抱えながらも夢を追い続けていた当時の綾小路きみまろさんは、ふとした瞬間に憂いを含んだ表情を見せることも。
影のある美しさは、同年代の若者には出せない大人の色気を醸し出していた
内面の情熱と葛藤が表情に滲み出ていたことが、綾小路きみまろさんのビジュアルをより魅力的なものにしていたのです。
綾小路きみまろの若い頃~現在まで

若い頃は、色気を纏ったイケメンでしたね!
長い下積み時代から50代で大ブレイクを果たした、綾小路きみまろさん。
ここまで、どんな道を歩んできたのかも気になります。
ここからは綾小路きみまろさんの若い頃~現在までの経歴について、年代別に振り返っていきますよ!
- 10代:鹿児島からの上京と「司会者への夢」
- 20代:キャバレーでの司会修行と「精悍な青年」時代
- 30代:森進一さんの専属司会と「確かな実力」の構築
- 40代:カセットテープに賭けた「執念の勝負」
- 50代:『爆笑エキサイトライブ』と空前のブレイク
- 60代~現在:国民的スターとしての君臨と「自然派」の生活
1.10代:鹿児島からの上京と「司会者への夢」
綾小路きみまろさんの10代は、故郷・鹿児島での平穏な生活から、夢を抱いて大都会・東京へと飛び込んだ激動の始まりでした。

上京後は日比谷公園で大声を出す発声練習を日課とし、司会者としての基礎を独学で磨く日々。
私生活では新聞販売店に住み込みで働きながら、演芸場に通い詰めた
この時期に培った「何があっても諦めない」という精神と、若さゆえのハングリー精神が、後の長い下積みを支える土台となったのは間違いありません。
2.20代:キャバレーでの司会修行と「精悍な青年」時代
20代を迎えた綾小路きみまろさんは、本格的に司会者としてのキャリアをスタート!

当時は全国各地のキャバレーやナイトクラブを回り、歌手の紹介や場繋ぎの司会を務めていました。
しかし、仕事は決して楽なものではなく、酔客を相手に盛り上げる技術を必死に磨く毎日でした。
出演番組という形ではなく、現場での「叩き上げ」として腕を磨き、後の「毒舌」の原型となる客いじりのセンスをこの時期に開花させていったのです。
3.30代:森進一さんの専属司会と「確かな実力」の構築

30代の綾小路きみまろさんは、大きなチャンスを掴みます。
専属司会者として、全国のコンサート会場を回るようになりました。
大スターの隣で司会を務めるきみまろさんは、30代らしい「落ち着き」と「知的なかっこよさ」を併せ持つようになります。

この時期、ビジュアル面では大人の渋みが加わり、司会者としての貫禄も十分。
しかし、あくまで主役は歌手であり、自分は裏方という立場。
「いつかは自分の名前で勝負したい」
情熱をカセットテープに託し始めた時期でもあり、表舞台での華やかな司会と、裏での地道な努力が共存した、非常に密度の濃い10年間でした。
4.40代:カセットテープに賭けた「執念の勝負」

40代の綾小路きみまろさんは、暗中模索の中で伝説のエピソードを生み出します。
「観光バスの運転手さんに聞いてもらえば、中高年のお客さんに広まるはずだ」と確信したそうです。

全国の高速道路のサービスエリアでバスの運転手一人ひとりに手渡しで配り歩きました。
自腹で数千本のテープを作成し、睡眠時間を削ってSAに立ち続けるなど、まさに命懸けの営業を行った
この40代の執念が、後に「バスの車内で流れる爆笑テープ」として口コミで広がり、奇跡の大逆転へと繋がったのです。
5.50代:『爆笑エキサイトライブ』と空前のブレイク
50代に入り、綾小路きみまろさんに奇跡が起きます。

カセットテープが口コミで爆発的に広がり、
51歳にして初の地上波バラエティへの進出を果たし、一躍「時の人」となりました。
トレードマークとなるカツラを公言
潔さや、毒舌ながらも愛のある中高年いじりが社会現象になりましたよ。

かつてのイケメンな素顔を隠すようなキャラクター重視のスタイルを確立しましたが、その「潔さ」がさらにファンを惹きつけました。
私生活でも長年の苦労が報われ、名実ともにトップ芸人の仲間入りを果たした、人生最大の転換期です。
60代~現在:国民的スターとしての君臨と「自然派」の生活

60代、そして現在に至るまでの綾小路きみまろさんは、もはや説明不要の漫談界の巨匠として君臨しています。
現在は自身の劇場を持つ河口湖を拠点に、仕事とプライベートのバランスを大切にしながら、枯れることのない毒舌で多くの人々を元気づけていますよ!
ビジュアル面では、赤いタキシード姿がすっかり定着
年齢を重ねたことで表情には若い頃の鋭さとは異なる慈愛と余裕が溢れています。

現在は、趣味の骨董品収集や庭仕事を楽しむなど、アクティブで文化的なシニアライフを満喫。
二度の苦境を乗り越え、自分らしく輝き続ける
同年代だけでなく若い世代にとっても「理想の生き方」として映っています。
綾小路きみまろの昔の写真と現在を比較

毒舌漫談という独自のスタイルで、世の人を笑顔にしている綾小路きみまろさん。
ビジュアルの変化を追うと、そこには表現者としての覚悟が刻まれていることが分かります。
その変化を、若い頃と現在の画像を並べて見てみましょう。

若い頃の綾小路きみまろさんは、一言で言えば正統派の二枚目です。
目鼻立ちが非常にクッキリしており、眼鏡や派手な衣装がないその姿は、どこかミステリアスな色気さえ感じさせます。
対して現在のきみまろさんは、自らキャラクターを演じ切る芸人の顔。

尖った美しさから、包容力のある爆笑の顔へ
若い頃と現在、どちらも綾小路きみまろさんの歩んだ誇り高き歴史そのものと言えるでしょう。
綾小路きみまろの若い頃まとめ
今回は、綾小路きみまろさんの若い頃について調べました。
- 20代はキャバレー等の司会で活躍。ハーフ顔負けの彫りの深い美青年だった。
- 若い頃は眼鏡もカツラもない素顔で、現在とは正反対の「正統派イケメン」。
- 30代は森進一の専属司会を務め、スターの傍らで知的な色気と実力を披露。
- 現在の「毒舌漫談」は、若い頃の司会修行で磨いた客いじりが土台。
- 長い下積みを支えたのは、端正な顔立ち以上に「妻との絆」と「不屈の精神」。
- 若い頃の整ったベースがあるからこそ、現在の個性的なキャラがより際立つ。

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