寺尾聰の若い頃がかっこいい!昔の写真と現在を画像比較

俳優として知られている寺尾聰さん。

実は、ザ・サベージのベースとしてデビューしているんです!

『ルビーの指輪』を歌っていたことでご存知の方も多いのではないでしょうか。

そんな寺尾聰さんの

若い頃がかっこいい!

と注目されているのはご存知でしょうか。

そこで今回は、寺尾聰さんの昔の写真と現在を画像比較してみました!

若い頃から現在までの経歴も含め一緒に見ていきましょう!

目次

寺尾聰のwikiプロフィール

  • 名 前 :寺尾聰(てらお あきら)
  • 生年月日:1947年5月18日
  • 年 齢 :78歳(2026年2月現在)
  • 出身地 :神奈川県横浜市
  • 血液型 :A型
  • 主な肩書:俳優、ミュージシャン

寺尾聰さんは、神奈川県横浜市生まれの78歳です。

1965年、カレッジ・フォーク・グループ「ザ・サベージ」に加入

ベースを担当していました。

映画『黒部の太陽』で俳優デビュー以降、映画やドラマで幅広く活躍しました。

1973年、女優の范 文雀さんと結婚、翌年離婚しています。

1981年、元女優・モデルの星野真弓さんと結婚

現在も俳優や歌手として活躍しています。

寺尾聡の若い頃がかっこいい!

寺尾聰さんの若い頃が「かっこいい」と言われ続ける理由は、単なる見た目の良さだけではありません

音楽と俳優、二つの世界を行き来しながら、自分の立ち位置を見極めてきた姿勢そのものが評価されているのではないでしょうか。

そんな寺尾聰さんの若い頃がかっこいい!と言われるポイントを4つに分けて見ていきましょう!

  1. ミュージシャンとしての佇まい
  2. 俳優としての端正なルックス
  3.  魅力的な歌声と大人の色気
  4. 自信に満ちた表情

1. ミュージシャンとしての佇まい

寺尾聰さんは若い頃、洋楽に影響を受けエレキギターを独学で習得し、ベース奏者としてグループサウンズシーンに登場しました。

長髪にロックな服装

ステージでの存在感が際立っていて、楽器を自在に操る姿が非常にクールでした。

ロックやフォークの影響が色濃く出ていた

その佇まいが「かっこいい」と言われる理由の一つなのではないでしょうか。

2. 俳優としての端正なルックス

俳優デビュー後の寺尾聰さんは、映画・ドラマで二枚目の役柄を務めました。

端正な顔立ちと落ち着いた雰囲気

『黒部の太陽』などの出演作では、シリアスな演技と大人びた雰囲気は、当時の映画ファンに強い印象を残しました。

ビジュアルの魅力芝居の実力が揃っているのは、若い頃の大きな魅力なのではないでしょうか。

3. 魅力的な歌声と大人の色気

寺尾聰さんの歌声は深みがあります。

ただ歌う姿だけで空気感を変える力

1981年にリリースした『ルビーの指輪』はシティポップ・J-POPの名曲として知られ、楽曲の世界観と共に歌う姿に大人の色気が漂います

歌い手としてステージに立つ姿も、若い頃から現在に至るまで「かっこいい」と評される大きな要素なのではないでしょうか。

4. 自信に満ちた表情

俳優・ミュージシャンとしてステージにもスクリーンにも立つことに慣れていた寺尾聰さんは、自信に満ちた表情を常に見せていました。

目力や表情の厚みが非常に際立つ

その自信ある佇まいが、見ている人を惹きつけるポイントとして語られているのではないでしょうか。

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寺尾聡の若い頃~現在まで

寺尾聰さんのかっこよさは、年齢を重ねるほど意味を増していくタイプです。

若い頃に積み重ねた選択や生き方が、現在の円熟した魅力へと確実につながっています。

そんな寺尾聰さんこ若い頃~現在までの経歴や生き方について見ていきましょう!

  1. 1960年代:観客を魅了したロックシーンの旗手(~22歳)
  2. 1970年代:俳優としての活躍と演技の広がり(23歳~32歳)
  3. 1980年代:シンガーソングライターとして大成功(33歳~42歳)
  4. 1990年代~2000年代:映画・ドラマで厚みある演技(43歳~72歳)
  5. 2020年代~現在:重厚な存在感と円熟した佇まい(73歳~現在)

1.1960年代:観客を魅了したロックシーンの旗手(~22歳)

19歳頃の寺尾聰さんです。

洗練された雰囲気

この頃は、洋楽の影響を受けた自由な表現が魅力で、寺尾聰さんのルックスは若者文化にマッチしていた。

寺尾聰さんは1960年代、ザ・サベージでベースを担当し、グループサウンズとして音楽活動を開始しました。

1966年、「いつまでもいつまでも」でデビュー

2枚目「この手のひらに愛を」もともに大ヒットしました。

若い頃から、自分だけが前に出るよりも、全体の完成度を優先する価値観が根付いていました。

派手さよりも実力を積み重ねる選択は、後の俳優人生にも通じているのではないでしょうか。

1967年『ザ・サベージ』脱退

2.1970年代:俳優としての活躍と演技の広がり(23歳~32歳)

23歳頃の寺尾聰さんです。

大人の魅力があり、落ち着いた表情

優しい印象は若い頃からなんですね。

1970年代に入ると寺尾聰さんは俳優活動に力を入れ、映画・テレビドラマで活躍しました。

『黒部の太陽』で俳優としてデビューし、その後は青春ドラマや刑事ドラマなど、様々な役柄に挑戦しました。

1975年、『同胞』にて映画初主演

映画俳優の父・宇野重吉さんを持つ環境にありながら、安易に二世俳優として扱われる道を選びませんでした。

この姿勢は、後年の重厚な演技力につながる重要な土台になっているのではないでしょうか。

3.1980年代:シンガーソングライターとして大成功(33歳~42歳)

33歳頃の寺尾聰さんです。

成熟した表現力と大人の魅力を併せ持つ

落ち着きと大人な雰囲気がかっこよさを際立たせています。

1980年代になると歌手としての評価が一気に高まります。

1981年、『ルビーの指輪』は大ヒット

この時期の寺尾聰さんは、まさにトップアーティストの一人として確固たる地位を築きました。 

一度の大きな成功を、自身の肩書きに固定しなかった姿勢は印象的です。

成功に依存しなかった

流行よりも、自分が納得できる表現を優先する価値観が、はっきりと分かるのではないでしょうか。

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4.1990年代~2000年代:映画・ドラマで厚みある演技(43歳~72歳)

43歳頃の寺尾聰さんです。

若い頃の直線的な魅力から、成熟した演技への進化

見る人に深い印象を与えました。 

この頃は映画・ドラマ出演も増えています。

1990年の映画『夢』で重厚なテーマの中で力強い演技を披露しました。

2000年、映画『雨あがる』・2004年映画『半落ち』にて日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞

2000年代は、あらゆる作品でいろんな賞を受賞しています。

「作品を支える存在」へと重心を移していきます。

自己主張を抑えることで、逆に存在感が増していく

役の大小ではなく、役の意味を重視する姿勢が、俳優としての信頼感につながっているのではないでしょうか。

5.2020年代~現在:重厚な存在感と円熟した佇まい(73歳~現在)

76歳頃の寺尾聰さんです。

年齢を重ねた優雅さが加わる

若い頃とは異なる深みのある魅力を感じさせます。

現在の寺尾聰さんは、音楽・映画・テレビのいずれの分野でも重厚な存在感を放っています。

2023年には『NHK紅白歌合戦』に出演します。

2025年映画『父と僕の終わらない歌』で松坂桃李さんとW主演

俳優としての円熟した技量と音楽への情熱はそのままに、今なお多くの作品で見る者を惹きつけています。 

声の低さ、言葉の間、佇まいの静けさには、積み重ねた経験がにじみ出ています。

「語りすぎない表現者」として確立

自分のペースを守り続けた生き方が、現在の安心感ある存在感を生んでいるのではないでしょうか。

寺尾聡の昔の写真と現在を比較

若い頃は、ロックスタイルと俳優としての端正なルックスが非常に印象的です。

自由な時代感や若さ

鋭さと躍動感にあふれていた印象があります。

33歳頃と現在の寺尾聰さんです。

一方で現在の姿は、年齢を重ねたことによる落ち着きと深みが加わり、若い頃のエネルギーとは違う成熟したカッコよさがあります。

静かな佇まいで観る者に安心感と重厚感を与える存在

この変化は年齢だけでなく、長年の表現者としての積み重ねが形になったもので、若い頃の魅力と現在の魅力はどちらも色褪せない魅力があります。

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寺尾聰の若い頃まとめ

今回は、寺尾聰さんの若い頃について調べました。

  • 1960年代のグループサウンズシーンでミュージシャンとしてデビューした。
  • 若い頃からステージ映えするルックスと存在感が評価された。
  • 映画俳優としても容姿と演技力で高い評価を得た。
  • 1981年の『ルビーの指輪』でシンガーとして大ヒットを記録した。
  • 黒澤明監督作品への出演によって俳優としての地位を確立した。
  • 現在は円熟した演技と音楽表現で幅広い層から支持されている。
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