桑田佳祐さんは、日本の音楽界を代表するシンガーソングライターであり、ロックバンド「サザンオールスターズ」のボーカルを努めるトップアーティストです。
桑田佳祐さんと言えば、独特の歌い方で多くの名曲を生み出し多くのファンを魅了しています。
そんな桑田佳祐さんの「若い頃がかっこいい!」と言われているのをご存知でしょうか?
そこで今回は、桑田佳祐さんの若い頃を振り返りながら、昔の写真と現在を画像比較しながら検証していきましょう!
桑田佳祐のwikiプロフィール

- 名 前 :桑田佳祐(くわたけいすけ)
- 生年月日:1956年2月26日
- 年 齢 :70歳(2026年7月現在)
- 出身地 :神奈川県茅ケ崎市
- 職 業 :シンガーソングライター・作詞作曲家・編曲家・慈善活動家・ラジオパーソナリティ
桑田佳祐さんは、神奈川県茅ケ崎市出身の70歳です。
「勝手にシンドバット」でメジャーデビューを果たしました。
1982年キーボード担当の原由子さんと結婚!
公私共に、最高のパートナーとして日本の音楽界を代表する「おしどり夫婦」として知られています。
現在は、ソロ活動を中心に精力的に活動中です!
桑田佳祐の若い頃がかっこいい!

桑田佳祐さんは、日本音楽史に残る名曲を、バンド・ソロ共に量産しています。
若い頃から「かっこいい」とSNSでも話題になっています。
ちょ、しつこくてごめんこれでやめるから!!!#悲しい気持ち がオリジナル映像なんだけど、ありとあらゆる時代の桑田佳祐かっこいい映像集だったから桑田佳祐を愛する人は全員見るんだ!!!
— 野村沙綾✳︎のむらさや (@saya_nomura38) March 19, 2020
コロナには気をつけて少人数もしくは1人でカラオケに行くのだ!!!
みて!!!!!#dam #桑田佳祐 pic.twitter.com/yUnSauLFvp
昔の桑田さんの歌って色気あるなぁ✨かっこいい! #ATB #桑田佳祐 #サザンオールスターズ
— さすらい (@sasurai1192) August 30, 2023
ここでは、桑田佳祐さんの「若い頃がかっこいい!」と言われる理由を3つのポイントに絞って詳しく解説していきます。
- ワイルドな色気
- 引き締まったスタイル
- 天才と無邪気な少年のようなギャップ
1.ワイルドな色気

桑田佳祐さんの若い頃がかっこいい!と言われている理由の1つ目は、「野性味のある色気」です。
ステージで証明を浴びて汗だくになりながら、髪を振り乱し歌う姿はまさに野生の獣のような色気がありました。

狂気的なパフォーマンス
「勝手にシンドバット」や「ミスブランニュー・デイ」などを歌う際に見せる、何かに憑りつかれた様な表情や激しい動きに視聴者はくぎ付けになりました。
2.引き締まったスタイル

桑田佳祐さんの若い頃がかっこいい!と言われる2つ目の理由は、「引き締まったスタイル」です。
引き締まったスタイルは、ステージ上でのワイルドな動きをかっこよく見せる最大の武器と言えました。

タイトなスタイルや、ダブルのスーツなどを着こなせるスタイルの持ち主でした。
ステージを左右全力で走り回ったり、飛び跳ねながらブレずに歌いきる体幹の強さも引き締まった体型があったからこそと言えますね!
3.天才と無邪気な少年のようなギャップ

桑田佳祐さんの若い頃がかっこいい!と言われる3つ目の理由は、「天才と無邪気のギャップ」です。
この時期の桑田佳祐さんは音楽的才能で日本中を驚かせるだけではなく、テレビやライブでの無邪気な姿で多くのファンを魅了していました。
「勝手にシンドバット」のデビューで今までにない、早口の日本語や英語を詰め込んだ楽曲で話題に!
そして、1979年23歳の時に、名曲「いとしのエリー」が完成しました。
これまでアップテンポの曲が多く、ふざけているというイメージを持つ人がいた中、誰もが涙するバラードを書き上げ「この男は本物の天才だ!」と多くのファンを魅了しました。

そんな天才の一面の一方で、テレビ番組での大暴れやお笑いスタートの共演などお茶の間を驚愕させる破天荒さも兼ね備えていました。
厳格だった当時の歌番組をぶっ壊す
当時の歌番組は「大人のための洗練されたエンタメ」だった為、スーツやタキシード、ドレスを着て歌うのが主流でした。
その中で、Tシャツ、短パン、サンダルで出演しお茶の間の度肝を抜く一面もあったそうです。
圧倒的な実力を持っていたからこそ、破天荒な姿が多くの若者から「かっこいい」と支持されました。
桑田佳祐の若い頃~現在まで

若い頃の桑田佳祐さんは、テレビで見せるおチャラけた姿と誰にもまねできない天才的な音楽センスで強烈な衝撃を与えていました。
これまでは、桑田佳祐さんの若い頃がかっこいいと言われる理由について3つのポイントに分け紹介しました。
ここからは、年代ごとに輝かしい経歴を一緒に見ていきましょう!
- 20代:スターへ駆け上がる激動の10年
- 30代:ミリオンセラー連発、無敵の領域へ
- 40代〜50代:歴史的大ヒットからの病、そして再生
- 60代~現在:日本が誇る現役ポップスター
1.20代:スターへ駆け上がる激動の10年

20代の頃の桑田佳祐さんです。
1976年、20歳の時に青山学院大学サークルの仲間とバンド活動を行っていました。
桑田佳祐さんの強烈なキャラクターに引き寄せられた、仲間たちでこの頃に結成されました。

1978年22歳の時に「勝手にシンドバット」でメジャーデビューを果たしました。
実は、レコード会社や事務所のスタッフは誰も売れると思っていなかったそうです。
こんな早口で何を歌っているかわからない、こんな曲が売れるわけない
ザ・ベストテンの新人紹介コーナーに出演、全国区で名前が知られ、一気にシングルチャートを駆け上がりました。
デビュー曲は、いまだにライブで最も盛り上がる曲の一つ「勝手にシンドバッド」である。
この曲について「日本のロックを変えた」といった評は、リアルタイムで聴いた世代にとっては、決して過大な表現ではないだろう。
引用元:デイリー新潮
しかし、勝手にシンドバットの大ヒット直後、2枚目をリリースするも売り上げは激減し不安感を抱いていたそうです。
桑田だけでなくメンバーも同様だったようで「バンドの雰囲気とか“俺たちいつまでこれやればいいんだろうね…”っていう雰囲気になって。みんなの気分がバラードな気持ちになったのかもしれない。だから悲しかったんですよね。“2曲もコミックバンドやっちゃったな”みたいな。当時ね。ああいうテンポの曲もそんなにアマチュア時代やっていなかった」と明かした。
引用元:スポニチ

1979年23歳の時にリリースした「いとしのエリー」で起死回生を果たしました。
おチャラけを一切封印し、本格的なバラードを完璧に歌い上げ、これまでのバッシングをすべてはねのけました。
この曲の大ヒットにより「一発屋」から「天才バンド」へと評価を変えました。

1982年26歳の時に、メンバーの原由子さんと結婚しました。
ファン2000人を招待した披露宴を開き話題に
公私共に最高のパートナーとなりました。
桑田佳祐さんの20代はまさに黄金期、光と影を体験しつつ、音楽家としての基盤を作り上げ私生活でも転機を迎えたまさに激動の10年間でした。
2.30代:ミリオンセラー連発、無敵の領域へ

30代の桑田佳祐さんは、サザンオールスターズの活動を1年限定で一時休止、1人の人間・音楽家としての土台を確立しました。
シングル「悲しい気持ち」をリリースしました。

1988年32歳で、デビュー10周年を迎えたサザンオールスターズは「みんなのうた」で活動を再開!
この頃、海外のレジェンドレイチャールズが「いとしのエリー」を英語カバーし大きな話題になりました。

1990年34歳、映画「稲村ジェーン」で初監督を務め大きな話題になりました。
主題歌の「真夏の果実」も大ヒットし、日本のポップス史に残る不朽の名曲となりました。

1992年、36歳の時に「涙のキッス」をリリースしました。
サザンオールスターズ初のシングルミリオンセラーを達成
ここから、サザンオールスターズの第二次黄金期の始まりです。

1993年37歳で「エロティカ・セブン」をリリースし、170万枚超えの大ヒットを達成しました。
30代後半で、攻めの姿勢を崩さない大人の色気で多くのファンを魅了しました。

アコースティック中心のセカンドソロアルバム「孤独の太陽」を発表!
これまでのポップ路線とは一味違う、人間の闇や風刺を歌い日本レコード大賞アルバム大賞を受賞しました。

1995年39歳の時に、当時に人気を博していたMr.childrenと「奇跡の地球」をリリースしました。
170万枚を超える大ヒットを記録、収益はエイズ啓発活動に寄付された
30代は、ソロ活動とサザンオールスターズでの活動を自在に行き来し表現の幅を広げていった時代でした。
3.40代〜50代:歴史的大ヒットからの病、そして再生

40代の頃の桑田佳祐さんは、アーティストとして唯一無二の存在として君臨する無双状態になります。
2000年44歳の時、20世紀最後の年に、「TSUNAMI」がリリースされました。

290万枚超えの金字塔!最高の売り上げを記録
この年の、レコード大賞を受賞、誰もが口ずさめる国民的メガヒット曲となりました。

2001年45歳の時に「白い恋人達」をリリースしました。
ソロ名義としては、自身最高となる120万枚を記録!
サザンと異なる「冬のソロ・桑田佳祐」のイメージを決定づけた日本の輝くウインターバラードとなりました。

2003年47歳の時に「涙の海で抱かれたい~ sea of love~」をリリースしました。
サザンオールスターズ25周年を飾る47枚目のシングルで、まさに王道の夏ポップスとして大ヒットしました。

50代を迎えた桑田佳祐さんは、アーティストとしての飛躍をする一方、人生最大の試練が襲います。
サザンオールスターズ無期限の活動休止を発表
2007年51歳の時にソロ曲「明日晴れるかな」をリリースし、ミリオン記録を達成しソロとしての圧倒的存在感を示しました。
一方、翌年の2008年「サザンオールスターズ結成30周年」の記念ライブを最後に、バンドの無期限活動休止を発表しました。

2010年54歳の時に「食道がん」が見つかりました。
喉に近い食道の手術は「歌声が変わってしまうかもしれない」という致命的なリスクを伴いました。
しかし、約数時間に及ぶ手術は見事に成功し、声帯への影響は最小限に抑えられたそうです。

手術からわずか数カ月後、2010年12月31日の「第61回NHK紅白歌合戦」に特別ゲストとして極秘で生出演を果たし、完全復帰となりました。
2011年3月に東日本大震災が発生
桑田佳祐さんは「生かされた自分にできる事」としていち早く、復興支援曲「明日へのマーチ」を発表し宮城での震災復興ライブを大成功させました。

2013年57歳の時に、シングル「ピースとハイライト」をリリース、活動を再開しました。
2015年59歳の時には、サザンオールスターズ10年ぶりのアルバム「葡萄」をリリース、武道館を含む全国ツアーを行い大成功を収めました。
桑田佳祐さんの40代~50代はサザンオールスターズの結成20周年・25周年という大きな節目を挟み、病を通し「音楽の力」を実感、ソロ活動でも数々のミリオンセラーも誕生したキャリア史上最大のメガヒットを量産した年となりました。
4.60代~現在:日本が誇る現役ポップスター

60代を迎えた桑田佳祐さんも変わらずソロとしても、バンドとしても精力的な挑戦を続けています。
2016年に60歳を迎えた直後、ソロとして精力的なリリースとライブを継続しました。

2017年、オリジナルアルバム「がらくた」をリリースしました。
NHK連続ドラマ小説「ひよっこ」の主題歌の「若い広場」が大ヒットしました。

サザンオールスターズとしても、精力的に活動していました。
平成から令和をまたぐ形でファンへの感謝を届けました。

70歳を迎えた現在の桑田佳祐さんは、「NEW70,s」をテーマに掲げてソロ活動を本格的に始動させています。
桑田佳祐夏祭りツアー2026が開催中!
2026年7月から、3年半ぶりとなるソロ全国アリーナツアーがスタートしました。
大反響を受けて、早くも12月の追加公演が発表され、ソロキャリア史上最大規模のツアーとなります。
120歳まで音楽を続けると意気込んでいる桑田佳祐さん、これからの活躍を楽しみにしています!
桑田佳祐の昔の写真と現在を比較

若い頃の桑田佳祐さんは「圧倒的なワイルドさ」と「飾らない等身大のかっこよさ」を持っている独特の魅力がありました。
トレードマークの髪型や個性的な顔立ち、カジュアルで男らしいファッションやギターを低く構える姿が、型破りなブルース感のある佇まいで愛されていました。

現在の桑田佳祐さんはグレイヘアの自然体な姿が定着し、渋みと若々しさが共存していますよね!
古希(70歳)を迎え、さらに「かっこいい大人」としての深みが増していると多くのファンから変わらない人気を誇っています。
豊かな表情は健在
トレードマークである「クシャっとした笑顔」や歌唱時の情熱的な表情は、現在も変わらず健在しています。
桑田佳祐の若い頃まとめ
今回は、桑田佳祐さんの若い頃について調べました。
- 20代:破天荒な若き天才ロックスター誕生!公私共に転機を迎えた激動の10年
- 30代:ソロ・映画監督としての活躍、バンドとしてもミリオンセラー連発
- 40代〜50代:サザンオールスターズ最大のヒット曲誕生、病からの復活!
- 60代~現在:日本を代表する現役ポップスターとなる

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