「日本一のテキトー男」と呼ばれ、世代を超えて愛され続けている高田純次さん。
芸人としての軽妙なトークはもちろん、俳優・MC・タレントとして幅広く活躍されています。
そんな高田純次さんですが、「若い頃がイケメン!」と注目されているのはご存知でしょうか?
そこで今回は、高田純次さんの昔の写真と現在を画像比較し、経歴もまとめてご紹介します。
若い頃の魅力と、現在のダンディな姿のギャップも含めて、見ていきましょう。
高田純次のwikiプロフィール

- 名 前 :高田 純次(たかだ じゅんじ)
- 生年月日:1947年1月21日
- 年 齢 :79歳(2026年4月現在)
- 出身地 :東京都調布市国領町
- 血液型 :O型
- 主な肩書:俳優、タレント、実業家
高田純次さんは、東京都調布国領町出身の79歳です。
翌年、初のテレビレギュラー『笑ってる場合ですよ!』に出演しています。
1985年テレビドラマ『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』でレギュラーに抜擢
その後、活躍の場を広げ、現在ではタレント・俳優・作家・起業家と多方面で活躍する存在となりました。
高田純次の若い頃がイケメン!

こちらは東京デザイナー学院2年生の夏の頃の写真だそうです。
今の優しさ、親しみのある顔とは逆のクールでミステリアスな風貌ですね。
それでは、高田純次さんの若い頃がイケメン!と言われる理由を3つに分けて解説していきます!
- 作りすぎない“ワイルド感”
- シャープな輪郭と目元の強さ
- 「5時から男」CMで全国的に人気爆発
1.作りすぎない“ワイルド感”

若い頃の高田純次さんは、今の温かな雰囲気とは反対に、「ナチュラルにワイルドな風貌」の持ち主でした。
強い目力としっかりとした鼻筋は、「昭和のソース顔代表」といえる
ミステリアスでありながら、寄り添ってくれそうな優しいほほえみは多くの女性を魅了したのではないでしょうか。
現在では「将来は高田純次さんのようになりたい」と、外見だけではなく内面を理想とした支持を集めています。
正月に親戚同士で集まって、楽しくてお酒を飲みすぎるという感覚がよくわからない
— ぬまぐちゆうき (@numao_com) January 2, 2025
なので、俺が面白い親戚のおじさん第一号になりたいと思ってる
将来は高田純次みたいなジジイになりたい
2.シャープな輪郭と目元の強さ

引き締まった輪郭と強い眼差しが目を引く一方、ふとした表情には穏やかさや優しさが印象的です。
見る人を安心させるような雰囲気をまとっていますね。
宝石店トキモトに勤務し、宝石鑑定士としての資格も取得
宝石の知識はなかったそうですが、持ち前の明るさと滲み出る人柄の良さから人気店員だったそう。
実は手がけたデザインが評価され、業界紙に紹介されたこともあるほどの実力の持ち主だそうです。
テレビで活躍される前から、多彩っぷりが見て取れますね!
3.「5時から男」CMで全国的に人気爆発

30代頃の高田純次さんは、整った輪郭に加えて、落ち着きと柔らかさが顔に現れ始めた時期です。
これまでのサラリーマン像に新たな一面をもたらすと共に「理想のサラリーマン像」と人気でした!
”仕事も遊びも楽しむ大人の男”の象徴として社会現象に!
“テキトー男”の裏にある誠実さとのギャップが「見た目も中身もかっこいい」と支持されてきました。
以上の事が、高田純次さんが若い頃がイケメンと言われている理由です。
高田純次の若い頃~現在まで

下積み時代を経て、今や「こんな歳の取り方をしたい」といわれるまで、魅力的で溢れている高田純次さん。
ここからは、高田純次さんの若い頃~現在までを見ていきましょう!
- 10代:美術と音楽に夢中だった“感性の時代”
- 20代:アルバイトで食いつないだ下積み時代
- 30代:会社員から俳優へ!人生が大きく動き出した瞬間
- 40代:『5時から男』で全国区!唯一無二の“テキトー男”が完成した時代
- 50代~現在:『じゅん散歩』で見せた優しさと色気で第二の黄金期へ
1.10代:美術と音楽に夢中だった“感性の時代”

10代の高田純次さんです。
現在の雰囲気とは違い、爽やかさと鋭い目元が魅力のキリッとした印象でした。
また、絵の才能も高く評価され順風満帆に見える学生時代に見えますが、
受けた大学がすべて不合格
一浪し、美術大学を受けますが、合格には至りませんでした。

それでも“ものづくりの道”を諦めきれず、東京デザイナー学院のグラフィックデザイン科へ進学。
当時は横尾忠則らの活躍に憧れ、デザイナーとして生きる未来を本気で思い描いていたといいます。
学生時代、バイクで日本縦断の旅など、自由でクリエイティブな日々を過ごす
その一方で、生活費のために自動車学校で写真撮影のアルバイトも経験しました。
2. 20代:アルバイトで食いつないだ下積み時代
高田純次さんの20代は、まさに下積みの時代といえるでしょう。

東京デザイナー学院を卒業後、舞台に魅了されて1971年に自由劇場へ入団。
自由劇場はわずか1年で退団し、イッセー尾形さんらと劇団「うでくらべ」を設立しました。
ですがこちらも、半年ほどで解散しています。
劇団だけでは生活が厳しく、様々な仕事を掛け持ちしていた事も
26歳で結婚したことをきっかけに、安定した収入を求めて宝石販売会社「トキモト」へ就職しました。

トキモトでは、宝石営業だけでなくジュエリーデザインにも携わり、宝石鑑定士の資格を取得。
ここから高田純次さんのキャリアは大きく方向転換します。
デザインに没頭し、持ち前のセンスを磨き続けてきたことが伝わってきます。
3.30代:会社員から俳優へ!人生が大きく動き出した瞬間

30代の高田純次さんは、人生が大きく動き出した転機の時期です。
劇団乾電池の柄本明さん・ベンガルさんと偶然再会
二人が芝居の話で盛り上がっているのを見て「自分は何をしているんだろう」と思ったそうです。
しかし後日、ベンガルさんから再び出演の依頼を受け、「30歳が最後のチャンス」と思い会社を辞めて東京乾電池への入団を決断しました。

この決断が、高田純次さんの人生を大きく変えることになります。
しかし、入団してすぐにすべてがうまくいくほど、人生は甘くない
東京乾電池に入ってからは、家族を守るためにどんな仕事でも引き受けたそうです。
- 深夜の力仕事
- 写真撮影のバイト
- 舞台の裏方
- 何でも屋のように働いたト
入団後、すぐに売れたわけではなく、舞台での独特のテンポと軽妙なキャラが徐々に注目されていったそう。
当時はまだ無名でしたが、この出演をきっかけにバラエティーの世界に足を踏み入れることになります。
1980年「笑ってる場合ですよ」にて、初めてのレギュラー出演!

時事ネタをコント仕立てで紹介する「日刊乾電池ニュース」をベンガルさんや綾田俊樹さんらとともに担当。
放送が始まって2ヶ月程経った頃、視聴者とのテンポがかみ合いだし高田純次さんの飄々としたキャラが光りだしました。
コーナーでの視聴率が番組内でトップになったそうです。
そして!

これは知らなかった人は多いのではないでしょうか?
風邪で休んだ回に明石家さんまさんが代役を務め、その後定着したそうです。
後に惜しいチャンスを逃した男として語られています。
4.40代:『5時から男』で全国区!唯一無二の“テキトー男”が完成した時代

ここで高田純次さんの“飄々としたテキトー男”のキャラクターが全国に浸透。
仕事終わりの大人の余裕と色気を軽妙に演じたこのCMが大ヒットしました。
流行語大賞の大衆賞を受賞
ここから高田純次さんの名前は一気に全国へ広がりました。

『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』にレギュラー出演!
ロケ台本に縛られない、自由な動きがウケ、番組内でも欠かせない存在に。
ビートたけしさんからも高く評価されていたと言われています。
高田純次=「テキトー男」のイメージが完全に固定されます。

「読むだけで元気が出る」とファンの間でも話題にまりました。
テレビで見せる”テキトー男”の魅力をそのまま文章に落とし込んだ1冊となっています。
5.50代~現在:『じゅん散歩』で見せた優しさと色気で第二の黄金期へ

50代以降の高田純次さんは、年齢を重ねるほど魅力が深まる存在へとなりました。
軽妙なトークと大人の余裕は、若い世代からも支持され、「高田純次が出ているだけで空気が和む」と言われるほどに。
若手芸人からも「現場で一番カッコいい大人」と慕われているそうです。

50代に入った高田純次さんは、エッセイ本や写真集、対談本など新しい書籍を次々と発表するようになります。
文章でも高田純次は面白い!とさらなる人気へ。
50代はまさに 作家としての活動が最も活発化した時代 と言えます。
歳を重ねるごとに、その無限大の魅力が人々を魅了し続ける高田純次さん。
70歳で始まった第二の代表作「じゅん散歩」
2015年10月、高田純次さんが70歳のタイミングでスタートしたのが、テレビ朝日の街歩き番組『じゅん散歩』。
“散歩人”として街を歩き、出会った人々と自然体で会話する姿が人気を集めました。
『じゅん散歩』が愛される理由は、高田純次さんが見せる “素の魅力” がそのまま映るからではないでしょうか。
- 子どもやお年寄りへの優しい声かけ
- 無理に盛り上げず、自然体のまま楽しむ姿勢
- 70代とは思えない軽やかな身のこなし
- 初対面の人でも一瞬で笑わせる空気感
バラエティで見せてきた“テキトー男”とはまた違う、温かくて、人間味のある高田純次さんが魅力になっています。
高田純次の昔の写真と現在を比較

年代を重ねていくごとに、魅力が増していく高田純次さん。
現在79歳ですが、テレビで見せる姿からは想像できない若々しさです。
それでは、若い頃と現在の画像を比較してみましょう!

昔は、鋭い目つきと少し尖った雰囲気をまとった“いい男”。
今は、角が取れて柔らかく、自然体のまま人を笑わせる“人生を楽しむ達人”。
歳を重ねて魅力が増えるとは、まさにこのことですね。
「面白い人」から、「こんな大人になりたい」へと憧れの対象となった
これからも純次語録を生み出し、活躍する姿が楽しみですね!
高田純次の若い頃まとめ
今回は、高田純次さんの若い頃について調べました。
- 若い頃は美術の道を志し、アクセサリー職人として働くなど多彩な経歴を持つ。
- 30代で劇団「東京乾電池」に参加し、舞台を中心に長い下積み時代を経験。
- 1980年代、バラエティ番組で“テキトー男”キャラが注目され人気が急上昇。
- 1987年「5時から男」CMで全国区の人気者に。
- 40代で『元気が出るテレビ!!』などに出演し、唯一無二の存在感を確立。
- 1994年、初の著書『適当日記』を出版し“文章でも面白い男”として評価される。
- 50代以降はエッセイ本・写真集など書籍活動が活発化。
- “軽さ”“色気”“大人の余裕”を兼ね備えた稀有なタレントとして現在も活躍中。

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