柄本明の若い頃がイケメン!昔の写真と現在を画像比較

柄本明さんは、日本の演劇界・映画界を代表する名バイプレイヤーです。

他にも、舞台演出家や劇団「東京乾電池」の座長も努め、圧倒的な存在感と唯一無二の演技で広く知られています。

そんな、柄本明さんの若い頃がイケメン!と言われていることをご存知でしょうか?

そこで今回は、柄本明さんの昔の写真と現在を比較しながら、イケメンと言われる理由を検証していきましょう。

また、デビューから現在までの経歴についても、振り返っていきます!

目次

柄本明のwikiプロフィール

  • 名 前 :柄本 明(えもと あきら)
  • 生年月日:1948年11月3日
  • 年 齢 :78歳(2026年11月現在)
  • 出身地 :東京都中央区銀座(旧・木挽町)
  • 主な肩書:俳優・演出家・タレント・声優・ナレーター

柄本明さんは、東京都中央区銀座(旧・木挽町)出身の78歳です。

1974年に劇団「自由劇場」へ参加しました。

舞台「A列車」で初舞台を踏む

以降、劇団の旗揚げや映画デビューを果たし、強いインパクトを残す名バイプレイヤーとしての地位を確立していきます。

女優の角替和枝さんと結婚!

1981年に結婚、演劇界きっての「おしどり夫婦」として知られ、3人の子供にも恵まれます。

現在も、映画・ドラマ・舞台等、第一線で精力的に活躍されています。

柄本明の若い頃がイケメン!

若い頃の柄本明さんは「イケメン」と言われていましたが、他にも長男の柄本佑さんとそっくりとSNSでも話題になっていました。

早速、比べてみましょう!

確かに、似てますよね…!初めて見たとき見間違えました…!すべてのパーツが似ている印象ですね!

いや~若い頃の柄本明さん、まさに「イケメン」と言えますよね。

それではここからは、柄本明さんの「若い頃がイケメン!」と言われる理由を3つのポイントに分けて見ていきましょう。

  1. 塩顔イケメンの先駆者・元祖
  2. アンニュイさとミステリアスな雰囲気
  3. 個性的でスタイリッシュ

1.塩顔イケメンの先駆者・元祖

柄本明さんの若い頃がイケメン!と言われる1つ目の理由は、「元祖・塩顔」です。

塩顔イケメンとは→「一重や奥二重のすっきりした目元」「フェイスラインが美しいシャープな輪郭」「色白で全体的に線の細い雰囲気」が特徴

すっきりとした目元や、美しい骨格のフェイスラインなどまさに「塩顔イケメン」に当てはまっていました。

この「塩顔イケメン」の遺伝子は、現代の塩顔・雰囲気イケメンのまさに代表格である、長男の柄本佑さんに受け継がれています。

約50年前に塩顔イケメンを確立

1970年代当時は、「彫りの深い顔立ち」「目力が強い」と言った正統派ハンサムが王道の中、一重のすっきりとした目元、細身の体格が「ハンサムでなく、新しいかっこよさ」を広めていきました。

2.アンニュイさとミステリアスな雰囲気

柄本明さんの若い頃がイケメン!と言われる2つ目の理由は、「アンニュイさとミステリアスな雰囲気」です。

何を考えているかわからない色気

すっきりとした目元は、クールな印象を与えふとした瞬間に見せる「アンニュイ」な表情や、遠くを見つめる視線は「何を考えているんだろう?」と思わせる、色気とミステリアスな雰囲気がありました。

ただそこにいるだけで、一本の映画や小説の主人公のような雰囲気を感じさせました。

言葉にできない文学的なオーラ

影があるからこそ、どこか惹かれる「文学的なアンニュイさとミステリアス」という、唯一無二の雰囲気がありました。

3.個性的でスタイリッシュ

柄本明さんの若い頃がイケメン!と言われる3つ目の理由は、「個性的でスタイリッシュな魅力」です。

型にはまらない存在感

正統派のハンサムが「誰もが美しいと思う完成された物」とすれば、若い頃の柄本明さんは「時代を揺るがす尖った物」だっと言えるそうです。

ジェンダーレスで中性的な体格

当時は男臭さや、たくましさが男らしさの象徴であったことに対して、柄本明さんはスリムな体型でどこか中性的な柔らかさや鋭さを併せ持っていました。

当時の最先端の、モード系やタイトなシルエットの衣装を誰よりもかっこよく着こなし、時代を超えて「オシャレ」と思わせる個性があったそう

以上、柄本明さんの若い頃がイケメン!と言われる3つの理由でした!

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柄本明の若い頃~現在まで

若い頃の柄本明さんはどこかアンニュイでミステリアスな雰囲気と圧倒的にスタイリッシュで尖ったカッコよさがありました。

それでは、ここからは柄本明さんの若い頃から現在までの経歴を振り返っていきます!

  1. 20代:脱サラし演劇の世界へ
  2. 30代:公私共に大きな転機を迎える
  3. 40代:日本を代表する名俳優へ
  4. 50代~60代:唯一無二の怪演・名バイプレイヤー
  5. 70代~現在:現役の生ける伝説

20代:脱サラし演劇の世界へ

20代の頃の柄本明さん。

高校卒業後、俳優の道ではなく普通に就職、商社マンとして働いていました。

役者の夢が捨てきれず脱サラ!

20代前半は、定職にはついておらず先輩の紹介の「大道具(裏方)」のアルバイトをしていたそうです。

ひょんなことから演出家から声をかけられ、役者・柄本明が始まりました。

25歳で劇団「自由劇場」に入り、27歳で「劇団東京乾電池」を結成しました。

超が付く極貧生活

当時は、芝居だけでは食べていけず、人の家に間借りする形で生活していました。

歌舞伎座の裏あたりです。間借りですから、貧乏でしたよ。

引用元:スポーツ報知

貧乏だったことで、不安や恥ずかしさを抱えながらも、自分たちのやりたいお芝居を追求しようと闘っていたそうです。

1977年28歳の時に、「気分を出してもう一度」で記念すべき映画デビューを飾りました。

舞台での怪演が、映画関係者の目に留まり抜擢されたそうです。

1978年29歳の時に、私生活でも大きな変化を迎えました。

劇団「東京乾電池」の看板女優の角替和枝さんと結婚!

下積み時代だった当時の2人は、結婚式や披露宴などは行わず、劇団の稽古場で手作りの「結婚パーティー」を開いてお祝いしたそうです。

20代はまだテレビへの本格的な露出がすくないものの、徐々に映像世界で頭角を現していった時期となりました。

2.30代:公私共に大きな転機を迎える

30代の柄本明さんです。

この頃は「劇団東京乾電池」での活動はまさに「独特の笑い」があり、普通の会話がなぜか面白くなると言われる舞台でした。

大ブームを巻き起こす

柄本明さんは、まさに「何を仕掛けてくるかわからないシュールな座長」として最先端を走っていました。

1980年31歳の時に、松田優作さん主演のドラマ「探偵物語」に出演しました。

柄本明さん「怪演」のルーツ

ゲスト役としての出演でしたが、主演の松田優作さんとアドリブ満載のコミカルな掛け合いが、お茶の間に「この怪しい役者は誰?」とインパクトを残したそうです。

1981年33歳の時に、映画「セーラー服と機関銃」に出演しました。

映画ファンの間で大きな話題に!

薬師丸ひろ子さん演じる主人公の、敵対組織に関わる暴走族のリーダー役を演じました。

不気味で狂気に満ちた、若者演技が「とにかく恐ろしい」と大反響を呼び映画界に名を刻みました。

1987年39歳の時に、「志村けんのだいじょうぶだぁ」の出演が開始されました。

志村けんとのアドリブでのコント

台本が最初の一行しか決まっておらず、あとはすべて2人のアドリブ(おまかせ)でのコントもあり、柄本明さんは見事なアドリブを見せ、志村けんさんに大絶賛され、そのまま常連での出演が決まったそうです。

1986年38歳の時に、第一子となる長男の佑さんが誕生しました。

柄本明さんの30代は、まさに「怪演俳優」としての地位を確立、更に子供が生まれて不器用ながらも父親になっていく激動の10年となりました。

3.40代:日本を代表する名俳優へ

40代の頃の柄本明さん。

この頃は、演劇界での確固たる地位を確立しつつ、志村けんさんとの伝説的なコントの開始など幅広い活躍がありました。

30代後半から出演していた「志村けんのだいじょうぶだぁ」では引き続き、多くの爆笑コントに出演していきました。

名優がここまでやるのか!

伝説の「芸者コント」では柄本明さんが鼻の下を限界まで伸ばし、志村けんさんがあごを突き出して見つめあうシーンは、当時の子供から大人までが真似する社会現象となったそうです。

志村さんと柄本が芸者姿で変顔をするコントの写真を見て「こんなん、好きでやってますやん」とツッコミを入れると、柄本は2回リハーサルをしてもうまくいかなかったため、本番直前に志村さんに変顔をしたいと提案したと回顧。すると志村さんも「僕、これでやるから」と変顔で応じると告げ、変顔コントが誕生したという。

 そうしてカメラが回ると「ドーンとウケたんですよ」と柄本。「それで楽になった」と目を細めた。

 「だから毎回奇跡みたいな。怖かったですよ」としみじみと話した。 

引用元:スポニチ

1991年42歳の時に、NHK大河ドラマ「太平記」に出演しました。

柄本明さんの怪演の、まさに代名詞ともいえるはまり役と言えました。

1992年44歳の時に、映画「空がこんなに青いわけがない」で初の映画監督を努めました。

ばかばかしくて面白い!

一癖も二癖もあるナンセンスなギャグや、家族のずれを描いたブラックユーモアが特徴でした。

1998年49歳の時に、映画「カンゾー先生」で主演を努めました。

第22回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞受賞!

不思議な魅力に引き込まれると高い評価を得ていました。

柄本明さんの怪演と、圧倒的なエネルギーが、国内外で大絶賛された名作人間喜劇でした。

柄本明さんの40代は、志村けんさんとのコントで日本中を爆笑させながら、日本アカデミー賞で最終主演男優賞を受賞するなど、まさに狂気的で幅広い活躍が見れた10年間でした。

4.50代~60代:唯一無二の怪演・名バイプレイヤー

50代の頃の柄本明さん。

映画からドラマまで怪演役者として大躍進!

この頃になると、映像の「狂気」や「スパイス」を加えたい時に、一番に指名される最強の怪演俳優でした。

2001年52歳の時に、映画「WATER BOYS」に出演しました。

男子高校生たちのシンクロを熱狂的に応援する、バーのママを演じ話題になります。

2003年54歳の時には、ドラマ版「WATER BOYS」に同役でレギュラー出演し強烈な笑いを提供しました。

2006年57歳の時に、NHK「大河ドラマ功名が辻」に豊臣秀吉役で出演しました。

歴代の大河ドラマの中で最もリアルな秀吉

柄本明さんが演じた豊臣秀吉は、歴代の大河ドラマの中でも「最もあさましく生々しい、リアルで恐ろしい」と今なお多くの視聴者の記憶に深く刻まれました。

実の息子・次男の柄本時生さんと共演

ファンも熱い気持ちになった粋なキャスティングも大きな話題となりました。

60代の柄本明さん。

還暦を迎えたこの頃は、役者として誰もが認める神様の粋に達していました。

還暦を迎え自伝的エッセイを出版

テレビで見せる、コミカルで怪しげな佇まいの裏側にある柄本明さんの真摯な素顔や交友関係が詰まった一冊となりました。

2010年62歳の時、映画「悪人」に出演しました。

第34回日本アカデミー賞最終助演男優賞受賞!

日本の映画史に残る、大絶賛された圧倒的な名演技を見せまさに、柄本明さんの代名詞と言える作品となりました。

私生活でも大きな変化を迎える

2012年64歳の時に、長男の柄本佑さんが女優の安藤サクラさんと結婚しました。

安藤サクラさんの父親は俳優・奥田瑛二さん、母親はエッセイストの安藤和津さんです。

日本を代表する2台・芸能一家が親戚同士に

孫も誕生して、私生活はとても賑やかになりました。

2018年10月、69歳の時に最愛の妻・角替和枝さんが「原発不明癌」で亡くなりました。

柄本明さんの70歳の誕生日の1週間前だったそうです。

約40年間公私ともに、人生を分け合ってきたこともあり完全に憔悴しきっていたそうです。

喪主で夫の柄本明(70)はあいさつに立ち、角替さんへの尽きぬ愛情を口にすると、感極まって涙。「さめない夢の中にいるようです」と、急逝から3カ月を経てもなお残る喪失感も語った。

引用元:デイリー

50代~60代は「日本一の怪演役者」としての評価を不動のものとし、私生活では子供の結婚、孫の誕生を迎え最愛の妻との別れまでを経験した、人生で最も濃い20年間だったと言えます。

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5.70代~現在:現役の生ける伝説

70代の柄本明さん。

最愛の妻・角替和枝さんとの別れを経験し、喪失感を乗り越え演劇に対し狂気的に走り続けます。

どん底からのリスタート

一時は完全に憔悴しきって、自宅に引きこもっていましたが四九日後に実の妹と同居を始め、徐々に生活のリズムを取り戻し、再び前を向いて歩き始めました。

2022年74歳の時に、映画「ある男」に出演しました。

喜寿(77歳)を迎えても精力的に活動中!

主人公を心理的に追い詰める圧倒的な怪演を見せ、数々の映画賞で助演男優賞にノミネートされました。

2026年77歳を迎え、映画「レンタルファミリー」に出演しました。

ハリウッド映画に出演し、70歳にして海外進出を果たしました。

2027年放送予定の大河ドラマ「逆賊の幕臣」への出演が決定し、激動の幕末を動かす役どころをどう演じるのか、今から大きな注目が集まっています。

レジェンド俳優として、これからの柄本明さんの活躍に期待です!

柄本明の昔の写真と現在を比較

ここまでは、柄本明さんの輝かしい経歴を紹介してきました。

独特のスタイリッシュな色気

柄本明さんの若い頃は、切れ長の鋭い目元とシャープな輪郭が特徴的で、アンニュイな雰囲気がありました。

若い頃はやはり、長男の佑さんにそっくりですね!

一方、現在の柄本明さんは、年齢を重ねるごとに凄みと深みが増し、唯一無二の容姿・風貌が最大の特徴です。

粋でダンディな男の色気

役柄によって、カメレオンのような容姿のふり幅が、多くの監督やファンを魅了し続けています。

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柄本明の若い頃まとめ

今回は、柄本明さんの若い頃について振り返りました。

  • 20代:商社マンから演劇界へ転身、「東京乾電池」を結成し尖った感性で牽引していく
  • 30代:劇団が大ブレイクを果たし、映画やテレビ界でも引っ張りだことなった黄金期を迎えた
  • 40代:多彩な方面での活躍、日本アカデミー賞の頂点に立ち、大名優への仲間入りを果たす
  • 50代~60代:お茶の間を笑いと狂気で人気を博し、私生活でも出会いと悲しい別れを経験
  • 70代~現在:日本のエンタメ界にはなくてはならない国宝級のバイプレイヤーへ
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